肉の中で見る夢

私の体を見てほしい。
二の腕は切り分けられる前のバウムクーヘンのようだ。溶かした白砂糖がたらりとかけられ、黄色い肌を覆っている。
顔はむくんで首が見えないほどだ。
腹はふくらみ、胃の形がかすかに浮き上がっている。ボテロが描く特徴的な、あのふくよかな人々は風船のようで、針で刺したら破裂しそうだが、実際のところ、そのように丸い体には脂肪がぎっしりと敷き詰められており、跡形もなく消えるというわけにはいかないだろう。

本当にそうだろうか?ちょっと試してみよう。

私は自分の腹に針を刺す。ぷつっという音が聞こえる。
そのまま針を進める。小さな穴があいていく感覚がわかる。血が溢れて流れだしていく。脂肪もそのうち溶け流れてくるだろう。それとも意外と最後まで固まったままだったりして。針をぐるぐると回し、穴を大きくしていく。
左腕をつっこんで肉を掻き分け、肋骨を取り出す。繋がっているので体の中で小さく折る。カルシウムが足りてないですよとあすけんの未来さんによく言われたのを思い出した。どうりで折りやすいわけだ。
骨には白色のゼリー状の脂肪と肉がまとわりついていた。犬にあげたら喜ぶだろうか?と思ったが、骨が刺さったら大変だ。
自分で食べてみる。味付けをしていないので脂の独特な臭みを直に感じる。肉は変に繊維っぽい。歯に残り、舌の奥に張りついて飲み込みづらい。ホットプレートを持ってくればよかった。
左腕をまたつっこんで肉壁をなぞる。自分の内部は生温かくてどろどろしている。やっぱり私はボテロの絵ではなかった。自分をこわしても体そのものは消えないんだ。さわっているうちに心地よくなってくる。この中に入っていつまでも寝ていられたらいいのに。

私は思考すれどもその実ただの肉塊でしかない。この思考すら肉の中でほんとうの私が見ている夢なのかもしれない。

退職の話

先日、12年近く勤めた職場を退職した。

転職しようかなと初めて思ったのは5年ほど前のことだが、では転職して何かほかにしたいことがあったかというと特になく、自分の向き不向きもさっぱりわからなかったので、2、3箇所応募してすべて断られた。当然だと思う。
そうこうしている間にコロナ禍になり、一旦転職のことを考えるのはやめた。

コロナ禍の職場はだいぶ混沌としていて、その中で新しい秩序も生まれたのだが、なんというか、結果として全体のモラルがだいぶ下がった。
また、出身大学による派閥が色濃くなった。派閥ができるのは仕方ないとしても、それが前向きに進まず、プライドばかりが高くなって他を見下す風潮になった。そうなるところがこの職場の限界だろう、と心底思った。
私自身は特定の派閥に入っていたつもりはないが、組織の中にいたわけなので、よくない風潮に加担して、見下したり、されたりしてしまった。それで体調を数年に渡って崩すことになった。後悔がないわけがない。


昨年から転職についてまた考えはじめ、本腰を入れて活動した。そしたら運良く、想定より短い期間で次が決まった。
それはよかったのだが、転職活動とは関係ない理由でまた体調を崩し、仕事をしばらく休んだ。最後は同僚に直接報告して、きれいに去りたかったので、復帰できるように努力した。
職場復帰したら、初週で速攻お腹下したりめまいが止まらなかったりで、休んでた時より体調悪化してさすがに笑った。もはや私はここでは働き続けられないと悟った。それで辞める決心がちゃんとついた。

最後の数週間で、関わりのあった教員、職員、学生たちにそれぞれ報告した。
いろいろ嬉しい言葉をかけてもらったのでここに抜粋しておきたい。

・聡明、人格者
・几帳面に仕事をする
・君は本当に他人と連まないね〜
・ほかの職員とは違う雰囲気があった ※褒め言葉かは不明
・職員の中で一番話しやすかった

ありがたい。周りには味方でいてくれる人のほうが多く、私の性格や仕事ぶりを評価してくれる人々がいたことを忘れずにいたい。
職場の外の友人たちからも門出を祝ってもらって本当に嬉しかった。

最終週はずっと風邪をひいていた。その時期風邪が流行っていたのもあるけど、主治医が言うには「体がストレス溜め込んでて限界だったんでしょう」とのことだった。
風邪なのに出勤してすみませんって感じだったんだけど、出ないことには終われないから…。諸々の手続きを済まし、話すべき人たちと話し、自席を片づけた。
退職そのものもだが、10年以上いるといろんな手続きが発生するもんだなと他人事のように思った。

悩んでばかりの12年だったが、仕事自体はとてもおもしろくて楽しかった。私は元々この職業に就きたくて、業界をピンポイントで絞って受け続けて最後の最後に受かったのがここだった。私は本当にラッキーだった。
まるっときれいごとにはできないけど、かけがえのない経験として覚えておきたい。

今年読んだ漫画・本

※作者・出版社は明記していません。

 

漫画

ただの飯フレです 1〜3巻
全体を通して自然体な会話が心地良い。恋愛に発展してほしくないが関係性は徐々に変化していく。果たして…。
スーパーの裏でヤニ吸うふたり 4・5巻
大丈夫倶楽部 6〜8巻
西洋骨董洋菓子店 1〜4巻
ドラマが好きだったんだよな〜と思って原作読んだらバリバリ面白くて飛び上がった。全4巻とは思えない人間模様。
女の園の星 4巻
生活保護特区を出よ。 4巻
一番好きな漫画。すごい設定の世界観なのに無理がない。

 

登場人物が少ないのが好みなんかな。




一年3セットの服で生きる
引っ越し後、服減らしたいなと思って買った。今はその当時より2倍くらい服ある。
職業としての小説家
街とその不確かな壁
販売当初に買ったものの、序盤で読むのやめて1年以上空いてた。『職業としての小説家』が読みやすかったので(エッセイだからだが)いけるかな?と思って再度読み始めたらなぜかスルスル読めた。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と少し異なるストーリーで、登場人物の役割というか、機能のしかたがおもしろいと思った。
くらしのアナキズム
図書館で4時間近くかけて読んだ。学生の時に政治学を学んで「結局さいごは個人の人としての強さが要になるし、それにはコミュニケーションが避けられない」という元も子もないような結論に至ったのだが、それを人類文化学の視点から問い直しているのが良い。また、アナキズムを「あなたと私で不真面目に逸脱すること」としているのも魅力的だった。
愛着障害複雑性PTSD
私は複雑性PTSDの治療を数年受けていて、自分自身でももうちょい症状が起きる仕組みを知りたくて買った。愛着障害ではないけど…と思って読んだらやや当てはまる部分が見つかって動揺した。あとは普通につらくて泣きながら読んだ箇所もあった。でも脳の構造や、やり過ごし方を知れたのは大きく、当事者でなくても悩んだことのある人は読む価値がある。
(複雑性)PTSDは厄介で、原因が身の回りから遠くなっても何かの拍子に再燃することがある(実際自分がそうなっている)。自分と同じ目にあった人のニュースが流れてくると、かなり辛くなるとともに、似たことで困っている人に手を差し伸べられる自分でいたいと思うようになった。それは立ち直り時に現れる考えで、サバイバーの中でそう思う人は結構いるようだ。
1Q84  BOOK 1
これも読みかけのまま数年置いといてた本。たどたどしい言葉を話す少女が出たあたりで『騎士団長殺し』に似てる気がして一旦読む気なくしたんだよな。※発売年は1Q84が先
でもBOOK1の後半から話が動き始めて、そこからはおもしろく読んでいる。


買ったけどまだ読んでない本

夜間飛行
人間の土地
カンガルー・ノート
人間そっくり
霊媒の話より)題未定 安部公房初期短編集
ヤンキーと地元

私は安部公房大好きなんで積読している。ただ村上春樹がどうしても読みやすいのでそっちを先に読んでいるという感じ。
村上春樹が好きか?と聞かれると、好きなほうの作家だな、と思うのだが、売れてる本がどんな内容なのかというミーハー心もちょっとあったりする。

今年行った展示

美術展の話。今年は17箇所行った。

1. もじ イメージ Graphic展 - 21_21 DESIGN SIGHT、1/31

2. 花・flower・華2024 - 山種美術館、3/23

3. 北欧の神秘 - SOMPO美術館、6/6
4. “オモシロイフク”大図鑑 - 文化学園服飾博物館、6/6

5. 高田賢三 夢をかける - 東京オペラシティ アートギャラリー、8/28
6. となりの不可思議 収蔵品展080 寺田コレクションより - 同上、8/28


高田賢三展、本人の身軽さや新しさを求める姿勢を感じることができ、かつあっさりした展示のしかたで好感を持った。
同時に開催していた収蔵品展、シュルレアリスムの作品群だったのだが、これが予想外におもしろかった。

7. 安部公房展 - 神奈川近代文学館、11/1
この展示、とにかく量がすごい。安部公房の物持ちがいいのか、新しい時代の作家だと集めやすいのか…。安部公房の妻の作品にもスポットを当てているのが、この展示に厚みをもたらしている。

8. テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする - 東京ステーションギャラリー、11/6
うーん、好きな人にはたまらない空間だと思う。私はそうでもなかったかな…。学生時代から洗練されたデザインをする人だなという印象。

9. 現在地のまなざし - TOP MUSEUM、11/7
10. アレック・ソス 部屋についての部屋 - 同上、11/7
写真展は今まで行ったことがなく……難しかった。友人と一緒に見て、こういう意味なのかな?と話しながら見た。一人だと感想を考えづらかったと思う。併設のカフェがかなり良い!
11. パリ・ノートルダム大聖堂展 - 日本科学未来館、11/7


タブレットを貸与され、ノートルダム大聖堂の歴史や建て直しの様子がARを駆使してわかりやすく説明されるというもの。新鮮で楽しかった。

12. 現代日本のパッケージ2024 - 印刷博物館、11/8
13. 写真植字の百年 - 同上、11/8
14. ようこそ魅惑の書式用紙の世界 - 市谷の杜 本と活字館、11/8


印刷博物館と本と活字館は、ジャンルも重なってるし立地も近い(とはいえ結構歩く)ので、連続で見るのおすすめ。今回の展示はどちらもかなりアツかった。
写真植字の百年では、写植機の開発からタイポグラフィの活発化に至るまでの歴史を振り返る。写植機販売会社、デザイナー等々、仕事人たちのインタビュー動画がかなり渋くて素晴らしかった。
書籍用紙の世界もめっちゃ良かったですね。いろんな紙を選んでノートにしてくれるという気前のいい内容だった。紙質の違いを実感するいい機会。そもそも館全体の雰囲気が良い。

15. 嗅ぎたばこ入れ 人々を魅了した小さな容器 - たばこと塩の博物館、11/14
いつも思うけどなんで入館料100円で済んでるんだろう。もっと出したいよ私は。

16. オタケ・インパクト 越堂・竹坡・国観、尾竹三兄弟の日本画アナキズム - 泉屋博古館東京、11/27
振り幅のすごい三兄弟という感じ。もっと掘ったらおもしろいと思うが、作品があまり残っていないらしい。人間臭さがあっていい内容だった。

17. さくらももこ展 - 森アーツセンターギャラリー、12/27
巡回を心待ちにしていた割に開催期間を調べるの忘れててあわてて行った。子どもが多くてほのぼのした空間だった。
小学生の頃「すごい悪ガキだ、信じられない…」と苦虫を噛み潰したような顔でちびまる子ちゃんを見てたのだが、今こうやって原画などを見ると、本当にくだらなくて笑ったり、作者の愛情深さや冷めた考え方を知ったり、で興味深い展示だった。ラジオやってる時の本人の声が聞けたのが一番よかった。コジコジタペストリー買った。

 
以上。
今年はいつもならあまり選ばないようなジャンルの展示をたくさん見たな。友人と行くのも新たな試みで、すごい楽しかった。
服飾展示はやっぱ好きですね。文化学園は毎回おもしろそうなテーマでやってるので通いたいな。

秋葉原の鼠

秋葉原の路地裏を歩いていたら、大きい鼠が前を横切った。
鼠は言った。「ちーねやぬかなゃう」
そしてすぐに路地の奥へと隠れてしまった。

普通こういうときは人語を話すとか、テレパシーを使うとか、あるいは話せなくてもどこかに案内する素振りを見せるとかしてくれるんじゃないのか。
私はしばらく待ってみた。でも何も起きなかった。

マクドナルドで真実を話す女子高生みたいに、自分が主張したいことをなにかに仮託するな。
鼠はそう言いたかったのかもしれない。この教訓をSNSに載せたらウケるだろうか。ただ意味のない言葉を喋っただけの鼠から学んだ話。
そんなことを考えながら歩き進めていたら、さっきの鼠を見つけた。私に話しかけたことすら忘れたかのように、今日の食事に夢中になっていた。

私はわたしで、鼠は鼠、それぞれの卑しさからは逃れられないな。頭を振って、早く帰ろうと思った。

校庭に星が堕ちた


校庭に星が堕ちた。

見に行くとすでに人だかりができていた。星はバレーボールに近い大きさで、白っぽい灰色をしている。立ち込めていた煙がだんだん落ち着くにつれて、皆も教室に戻り始めた。高校生は賢くて飽きっぽいのだ。

地面にめり込んだ星の周辺がきらきらしている。きらきらを指でなぞると、砂になって風に飛ばされていった。なぜか頭蓋骨のことが頭に浮かんだ。
人は二度死ぬ。一度目は医学的に死んだとき、二度目は人々から忘れ去られたとき。
そのあと、死んだらガイコツになって、だれかの願いを叶えるために、流れ星になって走って燃え尽きる。三度目の死はそんな感じなのかもしれない。砂を撫でながら、ぼんやりとそんなことを思った。

4月のうつがすごかった。
例年冬季にうつ気味になるのだが、この冬は引越しがあって、本格的なうつの発症を無理やり抑えて乗り切ってしまったのがよくなかったらしい。
季節で体調が左右されるなんて、自分はなんて軸の弱い人間なんだ・・・しかし、ヒトごときが自然に抗おうなんてナンセンスではないか・・・いやしかし、昨今の気候異常はまごうことなきヒトの活動がその要因になっているのだから、自分で自分の首をしめているようなものだ・・・自業自得・・・花粉もすごいし・・・都政が・・・
とか一生考えてた。
朝に起きるけど部屋で動けず、夕方になって(動けるときは)散歩に出て、タラタラ歩いていた。
夕方から夜に変わるときの、あの暗さの変化に目の慣れない感じがしんどく、歩くこと自体もつらくなって、「いまベンチに腰かけたら一生立ち上がれないかもしれない」と思い、でも耐えられず座って「ほんとにどうしよう」と思い、しばらくして「いや、座り続けることも耐えがたい」と思って立ってタラタラ歩き直すということを数回繰り返した。いま振り返るとただの散歩でいちいち悲壮感すごくて滑稽だな。(と過去の自分を突き放すのもよくない気がする。どう表現したらいいのだろう?)
アスファルトのひび割れがやけにうつくしく見えた。

仕事はちゃんと行ってた。部署異動して半年たったが、いまだに初めてやることばかりだな、当たり前か、と思いながら、なるべく粛々と処理するように心がけていた。酒を飲む機会も連日あって、でもアルコール頭痛がひどかったり、普段は起きない耳鳴りがあったりしたので、シンプルに体調悪かったかもしれない。ストレスをストレスと認識できてないのに、先に身体に不調が出ていた。

初夏になって少しずつ体調が戻ってきている。
5月に父の一周忌を迎えたことも影響していると思う。父はたまに夢に出てくる。あんまりいい内容じゃないことが多いけど、夢に出てくるということは、私の中で父の死をそれなりに消化できつつあるということだろう。
それに、私のことを気にかけてくれる友人もいる。頻繁には会えずとも、会えばいつでも親しい間柄に戻れるということが純粋に嬉しいし、ひとりのときは一つの用事でいっぱいいっぱいなのに、友人とならいろんな場所をはしごできたりして、普段あんまり味わわないことを実感できておもしろいし、おもしろいと思えてあ、元気だな今、と気づいた。
季節で体調に波が出るのは避けられないけど、波に委ねつつ乗りこなすこともいつかはできるのかもしれない。