雑記・最近行った展示

怒涛の年度締め作業が5月まで続き、ようやく落ち着いたところだったのだが、夏は夏で大きめの業務があって今はその準備に追われている。
1・2月怒涛、3月小休止、4・5月怒涛という感じだった。
振り返ると、残業が30時間を上回った頃からど忘れや記憶違い、見落とし、等々が増えて、何度か肝を冷やした。
仕事だけならまだしも、私生活でもそれがあって、毎月同じ時間に通っているクリニックの診療時間を勘違いしたり、友人と遊ぶために予約した場所の時間を間違えて行けなかったり……明らか疲労である。単なる遅刻のほうがまだマシに思える。

 

いまの職場は休日が土日固定なので、美術館に行けていなかったが、最近、再び行くようになった。平日に休み取ったり、土日の遅めの時間に行ったりしている。

2026/5/27 ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界(サントリー美術館)

ひさびさに行けた展示が浮世絵で嬉しかった。
これは第一章が音楽におけるサビになっており、河鍋暁斎と言えば…の作品がずらっと並べられている。テンションが上がる。
河鍋暁斎はデッサンが上手いのだが、単に上手いというのでは言葉が足りない。
彼の妻が亡くなったとき、その臨終の姿を写生してできた『幽霊図』などは、絵を描くことの執念と没頭がうかがえる。
ゴールドマン氏のコレクションによる展示は過去にもあって、2017年に渋谷Bunkamuraでもあった(これも行っていた)。

 

2026/5/30 木目シートのできるまで 2026(印刷博物館 P&Pギャラリー)

ちょうど木目シートってどういうふうにつくられているか気になってたんだ!
おもしろかった。こういう展示ができるのが印刷博物館の強みですね。
ひとくちに木目シートと言っても、時代によるトレンドや個々の住まいの雰囲気等々、さまざまな調査と想定の上にできるものであることがわかり、奥深いと思った。
企画展もおもしろそうだったのだが、時間がなくて見れず。

 

2026/6/5 拡大するシュルレアリスム(東京オペラシティ アートギャラリー)

これもよかった。東京オペラシティって動線が少し特徴あるんだけど、それがいい方向に作用している。展示のしかたも毎回凝っていて楽しい。
シュルレアリスムがひとつの芸術運動から日常に浸透していく様子をわかりやすく紹介している。
作品からは、作家たちが一体何を考えているのか?というのは私にはまったく読み取れない。ランダムなモチーフたちが組み合わさって一体になる、そこから醸し出される謎の余韻を見ることになる。
だからこそ想像の余地があるとも言えるが、私は想像して自分の納得するストーリーを編み出すことは、さらさら意味のないことのように思える。
それくらい彼らの作品は頑としてそこにあり、感想とかは求められていない気がするのである。ただ彼らの哲学を見る、それだけでいいと思う。

 

久々にブログで展示の感想を書いたがこんなんだっただろうか。
忙しくなる前に今年は意識していろいろ観に行きたい。

 

メンタルケア・モード

今年の1・2月結構がんばって働いていたら、やっぱり3月になってバッテリーが切れ気味になり、おとなしく怠惰にしていた。
朝になって職場に行くために着替え、あとは出るだけなのに「あ、今日無理だ」てなるのは一体なんなのか。もったいなさすぎる。
↑の日は結局午後から出勤したけど、その日はなぜか玄関のドアが認識していた方向に鍵が回らなくて(逆だった)うわ、ドアが急に変わった、いや変なのは自分のほうだ、これは駄目そうだ、と思ったのを覚えている。
帰り、家を開ける時もやっぱりいつもと逆に鍵を回していた。その日だけドアが意思を持ったみたいだった。

自分の体力についてある程度は予測できるから、バッテリーがなくなる前に旅行に行ったり美術館行ったりとリフレッシュするための予定を入れるんだけど、まあ難しい。

 

プロジェクト・ヘイル・メアリーを観た。
原作は、主人公の知識量とサバイバル能力にぼんやり見惚れてたら次の展開に進んでて読み進めざるを得なかった、という感想を持ち、映画のほうもおおむねそんな感じだが、スピード感が原作の数段速いという印象。自分の場合は原作読まずに観るとよくわからん部分が多かっただろうなと思う。とはいえ読んでなくても楽しめる演出になっている。
光の明滅が多いのだけは少し気をつける必要がある。

映画だけの演出のひとつに「メンタルケア・モード」がある。
主人公が乗る船には、地球の風景(ビーチ、林の木々など)を機体に投影し、限界状態にいる飛行士たちの精神を安定させる機能が搭載されていて、へーなるほどね、と思った。
私がこの映画を観ようと思ったのは、その日の朝やっぱり抑うつっぽくなってしまい(朝に突然メンタル落ちることが最近多い)「なにか没頭できる環境に逃げないと…」と思って緊急手段としてチケットを取ったからで、私にとってはこの映画がある意味メンタルケア・モードの実践だったわけだ。

前に主治医にモーニング行けって勧められて特に行ってない話をしたけど、それと同じで、いくつか手段を持っておきたいなと思った。もちろん体が動く時点での選択肢ということだが…。
映画は年3本も観ないレベルだけど、たまにはいいな。

名古屋に行った

3月の頭に名古屋に行った。
新横浜から一駅で行けるのでだいぶカンタンだ。自分はもっと気軽にどこへでも行くべきだと思った。


一日目、まずホテルに荷物を預けたあと、近くの喫茶店でモーニングを食べた。

Coffee house HOT JAM

パンが厚く、バターが染みていておいしかった。
レシートにダフネコーヒーの名があるが、系列店ではなく豆を仕入れているということっぽい。店内は昭和感満載で、もっと長居したかった。

その後、熱田神宮〜名古屋城〜大須商店街。

名古屋市役所(逆光)

名古屋城は本丸御殿を見学。とにかく広いしひとつひとつの部屋の壁、天井、欄間に施された装飾が金色に溢れており相当なきらびやかさだった。金に囲まれたぐらいで気を狂わせているようでは頼れない。常人離れした価値観と人づかいの荒さでないと一国の主は務まらないのだろう。

大須商店街は浅草と上野〜御徒町を合わせたような感じだったが道が広くて歩きやすい。
ドライフルーツが量り売りされていたので買った。
夕飯は名古屋駅できしめんと味噌かつ串セットを食べた。
この日は20km歩いていた。

二日目はあおなみ線に乗ってレゴランドへ。月曜朝の割にはにぎわっていた。

 


6エリアに分かれており、それぞれの世界観とアトラクションがある。
アトラクションには乗らずひたすら散策しただけだがおもしろかった。ところどころにデカいレゴの像がいるが、50万ピース使用とか平気で書いてあってうらやましすぎた。
フィギュアだと思って買ったものがジグソーパズルだと気づかせられながら退園。
栄に移動。喫茶コンパルで小倉トーストを食べた。

おかげ庵に行きたくて栄に来たのに小倉トーストを食べてしまったので、空腹になるまで散策。中日ビルでウィンドウショッピングをするつもりがパンとういろうを買ってしまう。(持ち帰って翌日に自宅で食べた)
おかげ庵では団子を焼いて食べた。ボックス席で中学生と思しきグループが高齢化による今後の定年制のありかたについて話し合っていた。

名古屋駅に戻り、お土産を物色して新幹線に乗り込む。
二日目は16km歩いた。
この日、高校の卒業式があったようで、ティアラをつけた女子高生を多く見かけた。名古屋の伝統なのか、全国的な流行なのか。
名古屋は喫茶文化が浸透していて居心地よかった。市内に観光地が多くあり交通も便利だ。レゴランドは複数人で行くほうがいいと思う。

X無課金アカウントでは文字数が足りなかった140字以上の短文

適応障害で仕事休んでた時期に主治医にずっと家に篭っている、動けない、どこかに行こうにも何も思いつかない、などと話したら「モーニングを食べに行ってみてはどうか」と言われたことがあり、家から一番近いベローチェに行ったことがある。
朝日がつくる自分の影が妙に薄かった。
そっからモーニングにハマったということでは全然ないのだが、気分が落ちたらモーニング行ってみようかなという選択肢ができたので主治医には感謝している。

馴染ませる(一年ふりかえり)

前の投稿7月だった。そのあとから今に至るまでせわしない日々だった。
春から夏にかけては毎週末、どこか知らない街を一、二駅分くらい歩いて過ごしていた。結果として38℃の日に平和台から氷川台の間をとぼとぼ歩いた記憶が一番強く残っている。この街並みぜんぜん好きになれないなと思いながら歩いていた。椎名町を訪れたときも自分だけ浮いている気がした。
知らない景色の中を歩くと奇妙な気分になる。


転職して一年が経とうとしている。
最初の一ヶ月はどうせ緊張するから、業務そのもの以外はなるべくリラックスしたくて、最寄駅から職場へのルートを何パターンか探して自分の好みを見つけたり、服や鞄、靴をラフめにしたり、職場の人と雑談しまくったりしていた。
その結果なのかなんなのか、ことあるごとに「転職してきたばかりには見えない、もっと前からいる人だと思っていた」などと言われるようになった。数%くらい皮肉が混じってるかもしれないなと思うものの、あまり気にしていない。こういうときは開き直ったほうがよい。意図的に開き直るという手段をとるようになったのは今年からだ。

通勤時間が長くなったので、Kindleで本を読む習慣がついた。今年66冊読んで、いま67冊目を読んでいる。本の話はまた別で書く…たぶん。
でも結局、通勤だけで体力が消耗してしんどかったので、秋に住む場所を変えた。読書はまだ続けている。

食生活もだいぶ変わった。今住んでいるところはコンビニが近くにない。まいばすけっとが一番アクセスしやすいのでほぼ強制的に食べるものが変わった。自炊という発想にはいまだに馴染めないから納豆とか豆腐とかもずくなどの単品パック食品?をそのまま食べている。前はコンビニで毎回3,000円使っていた。今は半分くらいで済んでいる。馬鹿なりに節約・健康寄りにシフトしてきていると思う。

村上春樹の『1Q84』だったかなにかに、「自分の言葉が相手の脳に染み込むのを待つ」というような表現がたびたび出てくる。今年はそんなイメージだ。環境が先に変わって、後から自分がそこに染み込んでいく。
でも自然に馴染むまで待つと時間がかかるから、それを短縮するためにいろいろ試行錯誤した一年だった。
試してきたことの良し悪しはわからないが、日々必死にやっていくしかなくて気づいたら今だった。もう少しハンドリングできるようになったらいい。

近況(本を読む、他)

転職してから通勤時間が前の2倍になった。
残業時間も増えた。けど今のほうが体調良い。
古いつきあいの友人複数人からも顔つきが変わったと言われる(いい意味だと思っている)し、職場の人からは「明るい人が入ってきた」みたいなことを言われるので逆に怖い。なんかものすごい反動がこれから来るんじゃないかと思ってしまう。
無理して明るくふるまってるつもりもないのだけど。
その一方で心療内科行ったらいまだに泣くし・・・疾患の原因からは物理的に離れられたので良くはなったものの、寛解はしていないということなんだろう。
こんな感じで、自分の中に落差が存在しているような感覚がある。
とはいえいずれニュートラルになれる日が来るだろうし、日常のほとんどは元気に過ごせているのだから、あんまり心配しないようにしたい。

通勤で1時間くらい電車で過ごすので、電子書籍をひたすら読んでいる。
紙文庫は積みまくって全然消化してないから本当は紙文庫持ち歩きたいけど・・・だけど・・・電子書籍がどうしても楽だからね。
漫画や雑誌も含めて、今年入ってから54冊読んでた。
個人的なメモを書き溜めてたんだけどすぐ埋もれるので、ブクログのアカウントつくった。
https://booklog.jp/users/neovillage
読んだ感想の記憶があるものしか登録しておらず、また、上下巻とかの連作ものは最後の巻か、まだ続いているものは最新巻だけ登録、みたいな几帳面とはほど遠いやり方なので雑然とした感じになっている。しかたあるまい。読んだ本の実数はKindleが管理してくれているし。
最近はシャーロック・ホームズシリーズ読んでる。

前の投稿から何があったかなと思って写真を見返してたら、父の三回忌で帰省したときのものがあった。お坊さんを呼んで自宅でやったんだよな。
私の実家はまあまあ変わった見た目なのだが、老朽化が激しくてリフォームしたらしく、外壁が奇妙なカラーリングから別の奇妙なカラーリングになっていた。
実家が変ということは家を出る前からわかっていたような気がするけど、真剣に考えてこなかった。明確に変だと思ったのは今回が初めてかもしれない。今後どんな顔をして帰省したらいいのだろうか。

『太陽の運命』を観た

大田昌秀翁長雄志、二人の生き様から、沖縄県知事の宿命を描く。

大田氏は沖縄戦を体験し、多くの友人を失ったという。沖縄には平和の礎という戦没者の氏名を石板に一人ひとり刻銘した慰霊碑があり、大田知事時代に建立された。
平和を求める思いから国に普天間基地の撤去を要請するが、大田氏の包容力というか、人の良さを利用され、普天間撤去かつ代替施設の建設という結果になってしまう。それが現在の辺野古問題に直結する。このあたりのやり取りは、映画を観る限りでは、私は当時の橋本首相に同調したくなる部分があるのだが、国の地方自治に対する圧力の強さがよく出ている。
県と国の間、日本とアメリカとの思惑の間で板挟みになり、「にっちもさっちもいかないところまではまり込んでしまった」。第一次安倍内閣で、首相に対して「私は、沖縄の未来は暗いと思います」と語ったところに、彼の苦悩が表れている。ややネガティブで、心優しき人という印象を受ける。そういう面は筑紫哲也に好かれそうだ(この映画、大田知事編で筑紫哲也NEWS23の映像がたびたび流れるのが特徴の一つである)。
また、この映画には、県民の決起集会の映像が多く出てくる。その一つに1995年の米兵による少女暴行事件を発端とするものがある。そこで大田知事は、少女の尊厳を守れなかったことを詫びた。

翁長氏は大田知事を苛烈に批判し、計画的に知事の座から引き摺り下ろした。
翁長氏はスピーチが上手かった。人々を揺さぶる言葉を意図して使える人だ。たぶん、自身の主義主張を通すことにも自信があったのだと思う。
幼少期は保守/革新で分かれる親戚たちの態度を目の当たりにし、寂しい思いをしたのだという。「沖縄県民は基地を置いていいですよとは誰も言っていない。それなのにどうして県民同士でいがみ合わなければならないのか。」
ただ知事を務めるにつれ、状況がかつて批判していた大田氏と似たものになっていくことを自覚していく。2016年には軍属が女性を殺害する事件が起きた。その抗議集会で、翁長知事は女性を守れなかった政治であったことを謝罪した。大田氏は革新派、翁長氏は保守派の出身だが、沖縄県独自の問題と向き合ったとき、そしてその宿命を強く感じるとき、出る言葉はおのずと定まるのだろう。
(そもそも「沖縄の保守」と「日本の保守」とは性質が異なる、という指摘を前泊沖縄国際大教授がしており印象的だった。この映画において前泊氏はいくつか重要な証言をしている。)

二人が国と対峙してでも基地反対を訴え続けたのは、それぞれの原体験や、その土着の強さに由来するアイデンティティと信念からだろうが、裏を返せば、その絡みつくものから逃れることなど不可能だったということだろう。
大田氏は、死を迎える数日前、戦時を思い出してひどくうなされていたという。人生の長い期間を政治家として捧げてなお、最期に浮かんだのは幼少期のつらい体験だったのか。

基地については「現実的に段階を踏む(一時しのぎで辺野古に基地を移設する)べき」という意見を持つ人も多くいる。政治手法は結局揺れっぱなしだ。
沖縄県民もぜんぜん一枚岩ではないと私は思う。ただ、ひと一人の命を思って、泣く、それの繰り返しだ。